あるこじのよしなしごと

妻・息子2人(2014生:小麦アレ持ち/2019生)と四人で暮らしています。ボードゲーム、読んだ漫画・本、観た映画・テレビ、育児、その他日常等について綴っています。

漫画『笑ゥせぇるすまん』第10話「プラットホームの女」感想

漫画『笑ゥせぇるすまん』第10話の感想です。

感想の性質上、展開やオチなどに多々言及することになるため、ネタバレ多数になります。ご注意下さい。
他方、あらすじの紹介が主眼ではないので、話の枝葉末節は記載しないつもりです。そのため、本記事を読むだけでは物語の内容は分からない可能性があることも、ご了承下さい。

第10話「プラットホームの女」

お客様について

銀行員の直木純一です。名前は割と普通ですね。語幹からは純粋なイメージが読み取れます。

直木は通勤中の電車で見かける、マスクを付けた見目麗しい女性に心奪われ、日々彼女を眺める事に楽しみを見出していました。

そんなある日、直木は喪黒さんに出会います。ふとしたきっかけで直木が女性に抱く恋心を察知した喪黒さんは、直木に仲を取り持とうかと声を掛けます。女性と知り合いなのか? と尋ねる直木に対し、喪黒さんは平然と答えます。

いいえ、まるっきり知りません。ただ、あなたがひたむきにほれてる様子なので、ひとつわたしがお力になろうと思ったのです。

喪黒さんのお節介ぶりと自信に満ち溢れた言葉は凄いですね(笑)  その後も喪黒さんの営業トークは止まりません。

喪黒さんのトークに心を揺さぶられる直木。この漫画の読者からすれば、まあ喪黒さんなら何でもありだからな……と思いますが、直木はさすがに信用できないと見て、一旦はその誘いを断ります。

しかし、自らアプローチしたところで上手くいくヴィジョンが見えない直木。

そこにすかさずカットインする喪黒さん。一瞬のチャンスを見逃さない、できる男です。

あれよあれよと話は進み、彼女が直木の自宅を訪れるという約束を喪黒さんが取り付けてきます。話が上手く出来すぎているようですが、喪黒さんは直木に一つの忠告をします。

喪黒さんからの忠告ですが、直木からすればここまで来て会わないという選択肢は無いでしょう。かくして、直木の自宅で二人は会う事に。

彼女は直木の自宅で彼と会うなり、「私が結婚したいと言ったら、結婚してくれますか?」と驚きの求婚発言を繰り出します。

喜び勇んでもちろんOKと答える直木。しかし、そんな彼に、あなたは私のことを何も知らないでしょうと彼女は言いました。それに対し、目を見れば貴女の素晴らしさはわかる!と豪語する直木。

しかし、直木はこの後、彼女の本質は何一つ分かっていなかったことを気付かされるのです……。

トラウマ必至のラストと『ヴェラクルス』

この話も第9話『頼もしい顔』と並び、ラストシーンのインパクトの強さで有名です。漫画・アニメともに、衝撃のラストと呼ぶにふさわしいですが、中でもアニメ版の恐ろしさは当時見ていた視聴者に強烈な印象を与えたのだろうと思います。

この話で印象深いのが、彼女がマスクを外して初めて顔を見せるシーンです。読み手からすると、マスクの下に何か秘密があるのでは? と読み進める中で当然勘繰っている訳です。しかし、マスクの下には綺麗な素顔があるんです。ここで、ん? と一瞬読み手の気が緩むことが、その後のオチのインパクトを更に強くする効果をもたらしています。

これを読んで思い出したのが、『まんが道』の中で藤子不二雄が上京直後、手塚先生に上京記念として『ヴェラクルス』という映画を観に行こうと誘われたエピソードでした。

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映画の後の食事の席で手塚先生は、ついさっき観たゲーリー・クーパー主演の映画『ヴェラクルス』のラストにおける演出を取り上げ、その技法がいかに効果的かを語るのです。

他の作品でもこうしたフェイントのような演出は随所にありますが、『プラットホームの女』のラストを見ると、正にこのエピソードの内容が活かされているように感じられてなりません。

あのくらいの欠点

最後のモノローグで喪黒さんは

あのくらいの欠点は愛情でおぎなえるでしょう

という言葉を残して立ち去ります。

この作品のお客様であるところの直木は、確かに調子に乗っていたなと感じるし、恋は盲目で突っ走った面は否めないものの、非難される程の悪い事はしていないよなぁと感じました。

結果論でみれば、直木が目を見れば貴女が良い人だと分かると語ったのは、好かれたいと思って発した根拠の無い言葉だった訳ですが、あの状況下では誰もがそのようなことを口走るでしょう。また、喪黒さんの「幸せな身の上とはいえない」という一言で、彼女の「本質」まで思い至るのは……いやー、無理でしょう。普通そこまで想像できないし、咄嗟に取り繕った反応をするのも相当難しい。総じて、可哀想なお客様だったと判断できると思います。

一方、今回のヒロインである彼女ですが、何も馬鹿正直に自身の全てを明かさなければ、おそらく直木とは交際できたし、結婚も出来たのではないかと思います。しかし、彼女はそれを良しとせずに、直木に全てを明かしてみせた訳です。もちろん、事実を隠して交際することの後ろめたさもあるでしょうが、それ以上に、直木に対して誠実でありたいという思いがそこにはあったのではないでしょうか。

喪黒さんは「あのくらいの欠点」と語っていましたが、なるほど確かに彼女が抱えているのは「その程度の欠点」だったのかもしれません。

以上、『笑ゥせぇるすまん』第10話の感想でした。