あるこじのよしなしごと

東京の片隅で、妻と4歳の息子と三人で暮らしています。 ボードゲーム、読んだ漫画・本、観た映画・テレビ、遊んだゲーム、育児について、その他日常などを綴っています。

漫画『五等分の花嫁』の結末と零奈・写真の子に関する予想・考察③(85話読了時点)

ざっくり言うと

写真の子が四葉と仮定した場合について。五月は誰が写真の子か気付いているのかについて。写真の子が二乃である可能性について。それぞれ考察する。

こんにちは、あるこじ(@arukoji_tb)です。

漫画『五等分の花嫁』に関する記事です。85話読了時点における、写真の子・零奈・本作の結末に関する考察を書いた内容となります。

展開やオチなどに多々言及することになるため、現在公開済の85話までのネタバレ多数になります。ご注意下さい。

なお、下記は過去の考察記事の一部になります。記事公開時点で提示されていた情報に基づく考察となるため、現在読み直すと外れている予想も多く散見されますが、考察内容の変遷を楽しめるという点もあるかと思います。よろしければ、ご覧下さい。  

写真の子を四葉と仮定しての一考察

今現在、写真の子の候補として最も有力と考えられるのは四葉です。まず、その理由を簡単におさらいしましょう。

四葉が写真の子と考えられる理由のおさらい

過去の風太郎との交流・記憶の有無がはっきりしない

一花は最新の85話において、日中に風太郎と共に過ごしてはおらず、夜に旅館でトランプに興じた、いわば「写真の子(夜)」である事がほぼ確定しました。

二乃・三玖はもし過去の風太郎と接触していてその記憶があるのであれば、それが心情に出てこないのは不自然といえます。

四葉・五月だけは風太郎との交流の有無、および、その記憶の有無が判然としません(個人的には五月も風太郎の過去に関する記憶は無いように解釈していますが、ここでは念のため候補に残します)。そのため単純な消去法でいくなら、この二人に限定されます。

四葉は内面描写が常に隠蔽されている

物語の展開上、写真の子には風太郎と共に過ごした記憶があり、それを表に出していない状態である方が、後のドラマ性を考えるとしっくり来ます。しかし、その場合、キャラクターの内面で風太郎に関する想いが一切登場しないというのは不自然といえます。

そんな中、五姉妹の中で、四葉は深い内面描写がほとんど作中で行われていません。その事から、彼女が写真の子であれば、そうした情報が出てこない事と辻褄が合うといえます。

写真の子との仕草の共通点がある

写真を撮影する際のピースサインの取り方や、普段の走り方のポーズなどといった各種の仕草について、四葉と写真の子には共通点があるという指摘も散見されます。

個人的には、その辺は偶然またはミスリードでは? という疑いを拭いきれないのですが、傍証の一つとして確かに頷けます。

 

以上が、四葉が写真の子ではないかと現時点でよく語られている理由です。

ここでは、四葉が写真の子であると一旦仮定して話を進めるのですが……もし四葉が写真の子であるとするなら、四葉は何処から風太郎に関する記憶があったのかというのは気になる点です。この点について考えてみました。

四葉はいつから風太郎の記憶があると考えられるか?

少なくとも林間学校よりも前

f:id:arukoji:20190520114601j:image

かつて京都でトランプで遊んだ子が風太郎であったことに、一花は林間学校の最中に気付いたという事が、85話では明らかになりました。

もし、四葉が写真の子であり、風太郎に対する記憶があるのだとしたら、展開的に一花よりも後に思い出したというのは考えにくいです。それは、一花よりも以前から風太郎との思い出に気付いていた、という方がストーリーに厚みが出るからです。

では、四葉が風太郎のことを思い出したのは、一体いつの時点なのか?

最初の出会い(1話)の時点で思い出した?

f:id:arukoji:20190520114716j:image

この点について、よく語られるのが風太郎と会った時点で既に思い出していたという話です。そして、その根拠として、風太郎に初めて会った時から、いきなり氏名で呼称できたことが挙げられます。

この点について私は過去の考察で「風太郎がテストの答案を落とす場面を見ており、それによって名前を知り得た可能性が高い」としていました。

この話が事実かどうかはともかく、少なくともそう解釈し得るのは間違い無いので、四葉が風太郎の答案を目にする前後、どちらの時点から彼の事を知っていたのかを客観的に絞ることはできないと考えます。

しかし、これから挙げる論は、それよりも更に前の時点で四葉は風太郎の事を思い出していたのではないか、という話です。

家庭教師の決定過程で既に影響していたのでは?

私は、四葉が高校で風太郎と出会う以前から彼の事を思い出していたと考えます。この場合、思い出したというよりは、ずっと忘れていなかったという言い方のほうが正しいかもしれません。以下、それについて説明していきます。

この物語における大きな疑問の一つとして、何故マルオ(中野父)はそもそも風太郎、ひいては上杉家に家庭教師を頼んだのかという点があります。

マルオは上杉勇也(上杉父)と以前から繋がりがあったようなので、風太郎が成績優秀なのは知っていてもおかしくありません。

しかし、風太郎がいくら優秀な成績だとしても、普通は一介の高校生に家庭教師を頼むという話にはならない筈です。プロの家庭教師や、元学校教師というキャリアを持つ江端さんが務めればいい話です。

また、どこまで本気かはいまいち分かりませんが、マルオは勇也の事を嫌っているようです。

f:id:arukoji:20190520114845j:image

上のエピソード「スクランブルエッグ」の一場面からもそれが分かります。マルオは風太郎を見つけた時点ではまだ展望台で昼食を取るつもりでしたが、勇也が来たのをみると予定を取りやめてしまいました。この事から、風太郎よりも勇也の事をより毛嫌いしている様子が見て取れます。

にも関わらず、マルオは風太郎に家庭教師を依頼します。これは一体何故なのか。

ここからは完全に推測になりますが……まず、マルオは勇也から、何らかの経路で現在の風太郎が成績優秀である事について話を聞いたのでしょう。ただ、これだけでは彼に家庭教師を依頼しようとは考えなかった筈です。

f:id:arukoji:20190520115356j:image

誰かに家庭教師を依頼しようと考える上で、ポイントとなるのは四葉の成績をどう上げるかです。五姉妹は全員、成績が芳しくないのは確かですが、中でもウィークポイントになっているのは四葉でした。

f:id:arukoji:20190520121811j:image

マルオは定期試験の点数を見るなど、各人の成績についてはきちんと把握しています。四葉を重点フォローする必要がある事を認識しているのは、おかしな話ではありません。

そこでマルオは、前の学校からの転校に際し、どうすれば四葉の成績を向上できるかを考え、本人と話します。この会話の中で、現在成績優秀であるという風太郎の事が話題に上がり、京都での思い出がある彼が教師役なら頑張れるかもしれないと四葉は主張したのではないでしょうか?

つまり、彼女らが風太郎の学校に転校してきたのは偶然ではなく、風太郎がいるから、この学校に転校してきたのだと考えます。全ては偶然ではなく、必然だったのです。

f:id:arukoji:20190520122502j:image

四葉が最初から素直に風太郎の指導を受けたのも、風太郎含む六人での成績向上にこだわるのも、いずれもマルオに風太郎が家庭教師となることを自身から提示した条件だったからと考えると、納得がいきます。

f:id:arukoji:20190520122605j:image

ところで、四葉が写真の子だとして、この場面で名乗り出なかったのは何故なのか?

これはもしかしたら、マルオに口止めをされているのかもしれませんね。

マルオからすれば、四葉の成績向上のためとはいえ、何らかの理由で嫌っている勇也との繋がりが強くなってしまうのは本来なら避けたかったはず。にも関わらず、息子の風太郎が家庭教師になることについては認めました。

そのため、必要以上に四葉(ひいては中野家)と上杉家の結び付きが強くならないよう、過去の思い出を語る事で、更に関係が強固になることを避けたい気持ちがあるのかもしれません。それ故に、風太郎を家庭教師として認める交換条件として、かつて風太郎と会っているという事実について四葉が伝えることをマルオが禁止している可能性があると思いました。これなら、あの場面で誰も名乗り出なかったことも理解できます。

f:id:arukoji:20190520123405j:image

なお、四葉は嘘をつくのが不得手という設定がありますが、黙っているだけならできるはずです。それにより、ここまで風太郎に正体を見抜かれずにすんでいるのでしょう。

f:id:arukoji:20190520123722j:image

また、79話の場面では風太郎からこの件で話がありましたが、四葉は切り抜けています。というか、零奈という名前だという風太郎の発言に困惑している間に、話が打ち切られてしまったのかもしれません。

五月は写真の子が誰か知っているのか?

本編を語る上で見逃せないのが零奈の存在です。現時点でその正体は明確ではありませんが、作中では五月がその正体として示唆されているように見えますし、私も五月が零奈の正体だと考えています。

ところで、五月が零奈の正体だとして、彼女が「写真の子」が誰なのかについて知っているのかどうかは気になるところです。以下、それについての考えを記述します。

まず、五月が零奈となった経緯についてですが、大きく以下の2説が有力として語られています。

  1. 写真の子である四葉によって依頼された。
  2. 誰にも頼まれていない。独断で行っている。

 

個人的には2だと思っており、考察内でも常々言及しているのですが、ネット上の感想等では1の可能性の方が多く語られている印象ですね。

内心、85話において複数の姉妹が団結して動いていた場面を目にした事で、零奈の件についても複数人で事に当たった(依頼者がいて実行犯がいるというオチである)可能性が高まったようにも正直感じるのですが……個人的には、ミステリでも共犯という答があまり好きでない自分にとっては、零奈は単独行動であって欲しいと思うところです。

また、仮に2だとしても、五月は写真の子が誰かを現時点では知っているとする説もあります。それは、風太郎から例の写真を奪取しており、五姉妹は互いに見分けが付くのだから写真を見れば五月には写真の子が誰か分かるはずという論理ですね。

しかし、ここでは五月は写真の子が誰かは分かっていない(または少なくとも四葉とは思っていない)という説を推したいと考えています。

f:id:arukoji:20190520140716j:image

その理由は82話において、清水寺でツーショット写真を撮る場面にあります。

五月はどうやら風太郎に、写真の子が誰なのかを思い出して欲しいという気持ちがあるようです。そのため、彼女は清水寺で、かつて風太郎と写真の子がツーショット写真を撮ったのを再現して、風太郎の記憶を呼び覚まそうとしています。

しかし、もし彼女が四葉のことを写真の子と考えているなら、この場面で四葉に写真を撮影する係を依頼したのは腑に落ちないのです。五月が四葉を写真の子だと考えているなら、より再現度の高い四葉と風太郎とのツーショット写真を撮ろうと考えるはずではないでしょうか?

この事から、五月は誰が写真の子かは分かっていない、または少なくとも四葉は写真の子ではないと考えていると推定されます。

なお、この推定……すなわち、四葉が写真の子と思っていないという事からは、少なくとも四葉の依頼で零奈になったという訳ではないという結論も合わせて導き出されます。つまり、五月は独断で動いているか、あるいは四葉以外の誰かの依頼によって、零奈になったのだと考えられます。

なお、五月が独断で動いているとしても、写真を見ているのに誰が写真の子か看破できなかったのはおかしいと思われる方もいるかもしれませんが、写真が撮られた時期は彼女らが今以上に似通っていたときなので、仮に五月が見分けられなかったとしても、おかしな事ではないと私は考えます。

写真の子が二乃である可能性について

さて、ここまでは写真の子=四葉、零奈=五月という前提で散々語ってきたのですが、まだ写真の子が別人である可能性は残されています。それが写真の子=二乃という考え方です。

この項では、二乃が写真の子になりうる理由をピックアップしてみました。

二乃が写真の子となりうる理由

過去の風太郎に見覚えがある(?)

f:id:arukoji:20190520175415j:image

一番大きい理由はこれですね。まだ回収されていないと思われる伏線です。二乃が子供時代の風太郎を見た気がするのは、彼女が写真の子だからかもしれません。

風太郎が二乃にどんな話をしたかがはっきりしない

f:id:arukoji:20190520191844j:image

風太郎は二乃に写真の子との思い出を語ったはず。それなのに、彼女が風太郎の事を思い出さないというのは、彼女が写真の子ではないから。そういう意見はよく見られますし、私自身そう思います。

しかし、実際のところ、風太郎が二乃にどんな話をしたのかがはっきり分からない点はとても気になります。

二乃に関してみると、

  • かつて修学旅行先の京都で一緒に楽しく過ごした子がいた。
  • その子はとても格好良く、今でも印象に残っている。
  • 一緒に遊んだ日の記憶も明確である。
  • しかし、その正体が風太郎だとは気付いていない

こんな可能性もありえます。風太郎が話した思い出に「京都」「清水寺」「お守り」などのキーワードが出ていれば、その写真の子は自分の事だと気づけたと思いますが、もし風太郎が事実をぼかしながら説明したのであれば、二乃は自分の事だと気付かなかった可能性があります。

真っ先に「写真の子」候補から外れた

この点は少しややこしい話ので、じっくり読み進めて頂ければと思います。

f:id:arukoji:20190520175843j:image

五月が零奈の正体である可能性が提示された現時点においては、零奈が写真の子と別人である可能性がよく語られるようになったと思います。

f:id:arukoji:20190520175858j:image

しかし、零奈の登場直後は多くの人が零奈=写真の子と考えていました。というか、他ならぬ私自身、過去の考察ではそういう論調で話していました。

そして、その中で二乃は真っ先に零奈候補から外れました。その理由は、零奈の放った

イメチェンはびっくりしたけど

という台詞にあります。これは、かつて風太郎が金髪であり、そして現在は黒髪であるという事に気付いていなければ出てこない台詞だからです。

f:id:arukoji:20190520180329j:image

二乃はこの後のシーンで風太郎がキンタローに変装していた事を"見破り"ます。という事は、風太郎がかつて金髪だったという事実は知らない訳で、すなわち彼女は零奈ではないという事になります。

そして、二乃はそのまま、零奈ではないのだから写真の子でもないという話で一度は写真の子の候補から外した人が多いと思います。私自身もそうです。

しかし、現時点では、零奈ではない事が、イコール写真の子ではない事を意味する訳ではないのです。とすると、言葉は悪いですが、一旦"容疑者"圏外としてカテゴライズされた二乃は却って怪しいというように考えることはできないでしょうか?

ちなみに、このように考えた場合に辻褄は合うのかどうかを一応整理してみると……

  • 風太郎の思い出話に反応しなかったのは、風太郎の語った内容がぼかされていて、自分の事だと気づけなかった。
  • 写真で過去の金太郎や、成長した金髪の風太郎を見ても京都での事を思い出さなかったのは、思い出さなかったのではなく、彼女の記憶と風太郎自身が結びついていないから(別人だという先入観を彼女が持っているため)。

このように、苦しいながらもぎりぎり整合は取れているとも考えられます。

一方で、「金髪の子」に対する良かった印象は残っており、それ故に二乃がキンタローに惹かれたのではとも考えられます(実際には、そうした印象を構築したのが風太郎本人なので、惹かれて当然なのですが)。

四葉が「写真の子」という示唆が多すぎる

最後はこれです。四葉が写真の子である要素が色々見つかっていると上でも挙げましたが、それ故に実際には異なる結論にミスリードされているではないかと感じてしまうのです。

何でも疑ってかかればいいという訳ではないのですが、現時点では四葉が写真の子と考えるのが自然なだけに、却って怪しいと感じてしまいます……これは、私がひねくれ者なだけかもしれませんが。

たとえ二乃でなくても、もしここから写真の子が四葉という結論がひっくり返ったら面白い、という気持ちも少し含まれています。

なお、このどんでん返しは、多少なりとも納得できる理由が提示される場合に限るのは言うまでもありません。これといった理屈がなく、ただ驚かすためだけに四葉が写真の子という結論が覆った場合には、読者の多くから反発を受けるのは必至です。

二乃が写真の子と考えるには苦しい点

上の項では二乃が実は写真の子である可能性について語ってきましたが、二乃が写真の子だとしたら説明が付きづらい点もやはりあります。以下、それについて言及します。

キンタローを見ても風太郎のことを想起できていない

f:id:arukoji:20190520233335j:image

二乃が写真の子だとすると、キンタローの姿から風太郎を想起できなかった点はかなりのマイナスポイントです。

何せ、トランプをしただけである(と思われる)一花でも、金髪の風太郎を見て一目で彼と過去に会っている事に気付いているのですから。

それにも関わらず、二乃がキンタローを見て過去の風太郎を思い出せなかったとすると、写真の子は二乃かもしれないが、風太郎への想いが強いのは一花のほうだったという結論になってしまいます。

現実的に、そうした事態があり得ないという訳ではないですが、やや興醒め感があるのは否定できません。この場合、何らかの納得いくための材料が必要でしょう。

風太郎が運命の相手だと気づくタイミングが一花に劣る

一花との比較ばかりで申し訳ないですが、この点も引っかかります。もし今後の展開の中で、二乃がかつて会っていた金髪の少年が風太郎であると気付いたとしたら、その事に気付いたタイミングは一花よりも後という事になります。

本記事の最初の方では四葉が写真の子であったと仮定して色々と語っていましたが、この際には誰よりも早く風太郎の事を思い出した(というか忘れていなかった)のではないか、という論を展開しました。これは、最終的に花嫁になるかどうかはさておき、写真の子ができる限り前から風太郎の事に気付いていたという話の方が、展開的に盛り上がると考えての推論でした。

その点で、未だ過去に会った少年が風太郎であることに気付いていない(と仮定される)二乃が、写真の子である可能性がかなり低いのは事実です。

【追記】二乃の「見覚えがある」発言はアニメ版ではカットされている

上の項では、二乃が写真を見た際に「見覚えがある」と発言をしている点から、実は二乃も過去の風太郎について目撃している可能性があると記述しました。

しかし、本記事に対するコメントで下記の情報を頂きました。

アニメにて
・四葉は風太郎が答案用紙を落とすのを目撃しているシーンが追加されている
・林間学校に向かう車に乗る際、二乃の「見覚えがある」発言がカットされている
という2つの事実があります。
ねぎ先生はアニメ化に際し、制作陣と今後の展開に必要かそうでないかというシーンの打合せをされたそうです。
制作陣が勝手にカットしたシーンが後々伏線として現れたらまずいですからね。

つまり、ものすごいメタ推理になるのですが、二乃の「見覚えがある」発言はミスリードでは無いかと思っています。
二乃は金太郎と風太郎が同一人物であるということに後々気付きますが、「見覚えがある」発言はそこまで大した意味があるわけでは無いのでカットしたのではないか?と私は考えています。

ねぎ先生がアニメ化の際に細かく監修しており、事実に矛盾が発生しないように調整されているという話は聞いた事がありました。

たとえば、原作の18話「嘘つき嘘たろう」において、風太郎が三玖に変装した五月について見破るという、ちょっとした矛盾(本当だったら他姉妹に変装していることを風太郎はこの時点で見破れない)があります。これに対しアニメ版では「着ていたパジャマから五月と判断する」というように、より納得がいく形での改変が行われています。

これと同じく、二乃の発言がアニメ版でカットされたのであれば、同発言を過去の写真の子関連と絡めて考察するのは、残念ながら的外れに終わる可能性が高いですね。

二乃の「見覚えがある」という言葉は、少年時代の風太郎を写真で見て、そこに現在の風太郎の面影を感じ取ったという程度の意味合いに過ぎず、後に二乃がキンタローが好きになるという展開のための"繋ぎ"の一言だったと解釈するのが妥当と言えそうです。

まとめ

色々と書いてきましたが、結論を整理すると下記の通りです。

  • 写真の子が四葉だとした場合、彼女は風太郎を家庭教師に指名した張本人である可能性がある
  • 五姉妹が風太郎のいる学校に転校してきたのも、偶然ではなく必然であった可能性がある
  • 五月は写真の子が誰かは分からない中で、風太郎の記憶を呼び覚まそうと立ち回っている
  • 可能性は低いが、二乃が写真の子という、どんでん返しがあるかもしれない

 

写真の子はストレートに四葉なのか? それとも違うのか? はっきりする日が楽しみなような、まだ悩んでいたいような、そんな複雑な気持ちを最近は抱えています。

このところ、一話一話に盛り込まれる情報量が多いため、次の86話が公開された際には、ここで言及した考察が早くも打ち砕かれる可能性もあります(笑)

その場合には多少残念ですが、こうして色々と作中の情報を繋ぎ合わせて、想像を広げられるのも、この作品の面白さの一つですよね。

連載中だけに許される、毎週ごとにあーでもない、こーでもないと考えられる時間はとても貴重だと、最近よく感じます。こうした楽しい時間を大切に味わいたいものです。

本記事が、『五等分の花嫁』という作品を同時期に楽しんでいる皆さんの好奇心・探求心を刺激する一助になることがあれば幸いです。

以上、『五等分の花嫁』に関する各種考察でした。


§ 本記事で掲載している画像は(C)春場ねぎ・講談社/『五等分の花嫁』より引用しています。


五等分の花嫁(9) (講談社コミックス)

五等分の花嫁(9) (講談社コミックス)

 
[まとめ買い] 五等分の花嫁