船津紳平さんの漫画『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』の感想です。
様々なメディアで取り上げられ、既に有名・人気の本作品ですが、先日4巻が出たのを機会に、原作の金田一少年をこよなく愛する者として、ここまで読んでの感想を書いてみようと思います。
どんな漫画?
不朽の名作推理漫画『金田一少年の事件簿』のスピンオフ作品です。講談社の公式漫画アプリであるマガジンポケット(通称マガポケ)にて連載されています。
原作は、様々な難事件(主に殺人事件)を「かの有名な名探偵の孫」であるIQ180の高校生、金田一一(きんだいち・はじめ)が解決するという内容ですが、本作は原作に登場する各事件について犯人視点から、コミカルに描いたパロディ作品となります。
原作で巻き起こる凄惨な事件の数々。その裏で犯人たちが何を思い、どんな苦労をしていたのか? そういった事件の裏側をユーモラスに垣間見る事ができます。
以下、作品を読んで感じたこと、原作未読の方がより楽しむためにはどうすればよいか、等々を書いていきます。なお、文中では、原作『金田一少年の事件簿』についてのネタバレが生じないよう、細心の注意を払って記述しています。
表紙からネタバレ全開
最初に思った感想はこれです。何といっても、単行本の表紙を見たら、それだけで各エピソードの犯人が分かってしまう。
正に瞬殺です。本屋で手に取る事すら、いや、平積の棚すらおちおち眺められなくなるという、恐ろしく攻めた漫画だと思いました。
ちなみに、この作品はLINEスタンプも発売されており、私は喜び勇んで購入しました。しかし、作品のネタバレを極度に嫌う原作未読の妻に対してはスタンプを送った瞬間にネタバレになるため詰むという経験をしました。
ただ、のっけからネタバレ全開な甲斐あって、原作好きのツボを押さえた細かいネタを沢山拾ってくれます。連載当時に思わず突っ込みたくなった描写や、むしろ当時は気にしなかったが、改めて指摘されてみると笑えてしまうポイントなど、随所に盛り込まれており、金田一少年の事件簿を何度となく読み込んだ人間ほど、笑える作品です。原作好きはマストバイです。
事件の詳細は意外と伏せられている
犯人やトリックはネタバレ全開と書きましたが、一方で、原作未読の方に向けての配慮がみられる部分もあります。
犯人の行動を詳らかにする事が作品のテーマのため、犯人が誰であるか、どんなトリックかはもちろんネタが割れてしまいます。
しかし、事件全体でどんな謎があり、それに対して金田一少年が何を考え、どう解決したのか。また、第三者による偶発的な行動の結果、生じた事象にどんなものがあったのか。こうしたエピソードの全体像はぼやかされており、この話は結局どういう話なのか? という点を巧みにはぐらかしています。ネタバレ必至な作品の中で、うまく原作への興味も維持させようとしているのは凄いと思いました。
原作未読の方が読む場合について
本作を読むにあたり、原作未読の場合でも楽しめるか? どんな影響があるか? 等々についても考えてみました。
原作を知らなくても楽しめるか?
楽しめると思います。全体像はぼやかしてあると書いたものの、本作を楽しむ上で前提となる最低限の情報は説明されているため、理解に困る事はないでしょう。そして、犯人たちの行動は元ネタを知らなくても単独で笑えると思います。原作を読む気は無いが本作を楽しみたい、という方は気にせず本作のみ読んでも問題ないでしょう。
原作を読んでからの方が楽しめるか?
当たり前ですが、原作既読の方が楽しめます。
やはり元の原作の内容を知っている方が、これは自分もこう思ったとか、ここをよく拾ったな!とか、自分で読んだときの感想と照らし合わせて楽しめます。どちらにせよ両方読むつもりなら、当然ながら原作を先に読んだ方がよいです。
なお、記事の下部にて、本作で描かれている登場する各エピソード名を付記しました。そちらを参照頂ければ、ネタバレ無しで元ネタに当たる事ができます。
本作品を読んでからでも原作を楽しめるか?
条件付きでイエスです。
金田一少年の事件簿は、特にフーダニット(犯人当て)の要素が重要だと個人的には感じるので、その部分が割れている状態から読むのは、やはり影響が大きいです。
他方、本作の中でネタが明かされない主要素として、事件の全体像、金田一の推理過程、金田一ら犯人以外の面子がどう行動したか、細かい伏線、犯人の動機の深い部分などが挙げられます。ミステリにおいて犯人やトリックが分かっていたとしても、こういった内容を読み進める事に楽しみを感じられる方であれば、十分ありです。
ただ、推理要素という意味では上記の通りですが、それよりも個人的にネックだと考えるのは、作品を読む際の心境の変化です。原作は殺人事件を主に描くだけに、コミカルなシーンもあるものの、全体的にサスペンス色が強いです。また、個々の犯人が殺人に至った動機も重いものが多いです。しかし、この作品を読んだ後だと、どうしても本作のイメージが思い出されてしまい、そのサスペンス性・シリアス性に没頭できない面が生まれると思います。
【参考】犯人たちの事件簿に登場する事件一覧
以下、列挙しておきます。原作を読む場合の参考にして下さい。なお、順番は原作での公開に準拠しています。カッコ内の数字は、本作の何巻で登場するかを示しています。
- FILE1/オペラ座館殺人事件(1)
- FILE2/異人館村殺人事件(作品化されず)
- FILE3/雪夜叉伝説殺人事件(2)
- FILE4/学園七不思議殺人事件(1)
- FILE5/秘宝島殺人事件(1)
- FILE6/悲恋湖伝説殺人事件(2)
- FILE7/異人館ホテル殺人事件(6[推定])
- FILE8/首吊り学園殺人事件(4)
- FILE9/飛騨からくり屋敷殺人事件(5)
- FILE10/金田一少年の殺人(3)
- FILE11/タロット山荘殺人事件(2)
- FILE12/蝋人形城殺人事件(1)
- FILE13/怪盗紳士の殺人(5)
- FILE14/墓場島殺人事件(6[推定])
- FILE15/魔術列車殺人事件(4)
- FILE16/黒死蝶殺人事件(5)
- FILE17/仏蘭西銀貨殺人事件(3)
- FILE18/魔神遺跡殺人事件(4)
- FILE19/速水玲香殺人事件(6[推定])
2019年3月時点では、FILEシリーズは異人館村を除いては全て作品化されました。最新作はCASEシリーズの1作目「魔犬の森の殺人」が作品化されている最中です。
FILEシリーズはほぼ全ての作品がネタになったという事なので、原作が気になる方は単純に頭から読んでいけばいいですね。
なお、FILE2だけは本作のネタにはならないと思われます。理由を知りたい方は、「金田一少年」「占星術殺人事件」で検索してみると分かると思います。
犯人たちの名台詞・ベスト5(原作ネタバレなし)
本作に登場する数々の犯人たちの台詞。その中から、印象に残ったものをベスト5で挙げてみました。(2018年12月時点)
この項は基本、本作を読んだ方向けの内容ですが、原作のみ読んでいる人なら「このセリフはあの犯人のものか?」と分かるかもしれません。原作・本作共に未読の方は読んでも楽しくないと思いますが、こちらも一応目にしてもネタバレとならないように書いています。
正直、一言だけ書いた場合でもネタバレになる(厳密に言うと、犯人ではない人が誰か分かる)ので、そこは伏せています。
5位「お前……どんだけ嫌われてんだ……!」
ある人物が嫌われている事によって、間接的に多大なる迷惑を被る犯人の悲痛な叫びです。
犯人視点で作品をみると、お前がここまで嫌われてなければ、こんな事には……という気持ちになるのがよく分かります。
4位「何で一回、◯◯の名前をあげることで謎解きを面白くしたの!?」
事件の最終局面、犯人指摘のシーンでの叫びです。ミステリあるあるですよね。探偵がある人物にクローズアップして語る事で、読み手にそいつが犯人かと思わせておいて、実は犯人は別の人だというオチ。
これ、話を盛り上げるためによく行われる事ですが、実際に自分が犯人だったら、金田一に上げて落とされた分、苛立ちは半端ないでしょうね。
3位「コイツ、疑いを晴らす気があるのか?」
これまたミステリあるあるの、犯人が別の人間に罪をなすりつけようとするシーンで登場。
罪をなすりつけようとする、ある人物の振る舞いが、何もしなくても犯人らしさに溢れている事に対し、犯人が看過出来ずに突っ込みを入れています。
この点は連載当時に読んでいる自分もそう感じたので、尚更笑ってしまいました。
2位「え……? 造ったの……?」
金田一少年の事件簿に登場するトリックは様々ありますが、その多くは犯人が時間を掛けて計画し、綿密な下準備をしています。
本作ではそうした人知れず積み重ねられていた苦労にスポットが当たる訳ですが、中でもこの台詞が登場する話は、トリックを実現するのに特に多大なる労力を犯人が割いています。
それを何の苦労も見せずにさくっと再現してみせた金田一に対し、犯人の畏れが込められた台詞です。原作を読んだ時はスルーしていましたが、言われてみると、金田一のトリック再現に対するパワーは並大抵ではありませんね……。
1位「何だ……? 今の何のメリットもない行動は……? どう考えてもどうかしてる」
堂々の一位はこの台詞です。犯人自身、何で今こんな行動を取ったのか分からないという混乱状態に陥っている中で絞り出した言葉です。
確かに原作を改めて読んでみると、犯人が何故そんな行動を取ったのか全く不可解なのです。これに対して犯人は(作者が)金田一に証拠を見つけさせるための行動にしか思えないとメタな発言をしており、笑えました。実際、そうとしか思えません。
ちなみに単行本のおまけページでは、船津さんの描いたネームについて、原作でトリック案を作成している天樹征丸さんらもチェックしているとの話が書かれていました。この話のネームを描き終えて、チェックに提出するときの船津さんの葛藤(?)なども想像すると、また笑えますね。
まとめ
本作は、ミステリのネタバレを全力でしながらも、原作について既読・未読のいずれであっても楽しめるバランス感覚を備えた稀有な作品です。
原作を読み込んでいる人には改めて読み返したいと思わせ、また未読の人も原作を読んでみたいという気持ちにさせる、魅力の詰まった作品だと思います。
また、私個人としては、笑えるというのも勿論ありますが、原作で重い動機を抱えながら殺人に手を染めるに至った犯人たちが、コメディ作品の中とはいえ、明るく過ごしている様子を見ると、それが架空の存在である事は承知の上で、何とはなしに救われたような気持ちになったりもしました。そうした意味でも、原作好きには特にオススメの作品だと思います。
以上、漫画『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』の感想でした。
金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(1) (週刊少年マガジンコミックス)
- 作者: 天樹征丸,金成陽三郎,さとうふみや,船津紳平
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/11/17
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