お客様は日本の社会に馴染めない外国人。一般的な笑ゥせぇるすまんのフォーマットからは大分外れた展開とオチのエピソード。お客様の名前や物語の展開からはオペラ『蝶々夫人』との関連性が想起される。
こんにちは、あるこじ(@arukoji_tb)です。
漫画『笑ゥせぇるすまん』第41話の感想です。
感想の性質上、展開やオチなどに多々言及することになるため、ネタバレ多数になります。ご注意下さい。
他方、あらすじの紹介が主眼ではないので、話の枝葉末節は記載しないつもりです。そのため、本記事を読むだけでは物語の内容は分からない可能性があることも、ご了承下さい。
第41話「ブルーアイ・ジャパニーズ」
お客様について
サラリーマンのケント・ピンカーです。名前の由来については別項目にて後述します。
職業こそサラリーマンと一般的ですが、他の話と大きく異なるのは、その名前からも分かる通り、お客様が外国人であるということです。
ケントは経済大国である日本に憧れ、日本企業に就職しました。しかし、ケントは日本企業独特の文化に戸惑っていました。仕事が終わった後も居酒屋やカラオケに同僚で繰り出すという行為について、その必要性が感じられなかったのです。
この辺の話は、現代日本からするとギャップを感じますね。この話が出版された頃と比べて、会社の人同士で飲みやカラオケなどに行く機会は今の日本では大分減ったでしょうから。
とはいえ、物語の中は1990年代です。街でケントと出会った喪黒さんはその必要性を伝え、更にケントの「日本式のコミュニケーション」への抵抗を減らそうと、そのまま飲みに連れていきます。
ケントは、別に居酒屋に行く事自体が嫌いなわけではないようで、喪黒さんと居酒屋を巡った後の帰り道はご機嫌な様子でした。しかし、自宅に帰ってケントの妻に会い、激怒されることで意気消沈します。
結局のところ、ケントの一番の悩みはここで、仕事の付き合いで帰宅が遅くなることを妻に理解してもらえない点にあるのでした。
通常のフォーマットから外れた展開とラスト
喪黒さんの言う通りにして妻に激しく怒られたケントは、喪黒さんの誘いを断ろうとしますが、強引な喪黒さんにまたも連れていかれてしまいます。そして、立ち寄った居酒屋に同僚がいたこともあって、またもや帰りが遅くなってしまいます。
昨日怒られたばかりなのに、二日連続で遅くなるのはさすがにまずい。自宅に入りかねているケントでしたが、そこに現れた喪黒さんは「ドーン!」とケントを一喝します。
その後、ケントは奥さんから激しく怒られるのですが
コノ家ノ主人はハコノワタシダ! 主人ノワタシガ何時ニ帰ロウト オマエニ指図サレルオボエハナイ!
と逆に起こり返す事でこの場を収拾してしまいます。日本的「亭主関白」の精神をケントが身に付けた瞬間でした。
喪黒さんの「ドーン!」によって、 "日本人サラリーマンになりきる"ことになったケントは、他の同僚も困るほど、アフター・ファイブに入れ込む事になります。
そして、ケントを自宅に送った同僚の前に現れたケントの妻。彼女もまた、日本的な精神を身に付け、夫を立てるばかりでなく、着物を着て生活するまでに変貌を遂げたのでした……。
ラストの展開について
正直、『笑ゥせぇるすまん』の他の話に比べて大分ノリの違う結末ですよね(笑)
ハッピーエンドともバッドエンドとも一言で表現しにくい、強いて言うなら「なんだこれ?」という感想が一番しっくりくる気がします。
ただ、ケントにしてみれば、結果的に以前の悩みは無くなりましたし、奥さんも(喪黒さんによる催眠の効果によるのかもしれませんが)嫌々従っているというよりは、この時点では着物を着たり、夫を立てたりという行為に対する拒否反応は見られません。
多少風変りな夫婦だなと周囲からみられることはあるかもしれませんが、当人たちにとってはハッピーエンドと言えなくもないのかもしれません。
フォーマットから外れた展開
『笑ゥせぇるすまん』における王道の展開は、喪黒さんから何らかの提案やアイテムを与えられたお客様が、最終的に喪黒さんと交わした約束を破ってしまい、そのペナルティとして何らかの被害を被るというものです。
その点、この話はそうした通常のフォーマットからはかなり外れた展開を見せます。
「アフター・ファイブにも積極的に付き合うべき」という喪黒さんからの提案こそあるものの、ケントは結果的にそれに最後まで従い続ける姿勢を見せました。
また、喪黒さんはケントと約束のようなものをしていません。強いて言えば、ケントが二度目に夜中に家に帰る場面で
ここで負けたらあなたは永久に日本人サラリーマンに同化できません!
といった声を掛けている場面が、ケントの覚悟を問うシーンといえるでしょうか。
しかし、ケントはその喪黒さんの問いかけに対して自主的に従うか拒否するかの答を出したわけではなく、どうすべきかケントが判断する以前に、喪黒さんが「ドーン!」の声をかけて強制的にケントを従わせてしまうため、この点でもやはり異色の話といえます。
但し、更に異色なのはケントは決定的な破滅には追い込まれていないように見える点です。喪黒さんの強引な調子に乗せられるお客様はこれまでにもいましたが、彼らは原則、破滅して話は終わります。しかし、ケントはそのようには見えません。
つまり、お客様のケントが喪黒さんの主張を全面的に飲んでおり、またその全面的に飲むという選択すらも喪黒さんに強要されており、しかし決定的な破滅には追い込まれなかったというのが、この話が他の話と大きく異なる点といえます。
オペラ「蝶々夫人」との関連性
お客様の名前「ケント・ピンカー」ですが、漫画版でこの名前を見た際には、そこに由来があるようには思えませんでした。一方で、アニメ版ではお客様の名前は「ケント・ピンカートン」に変わっていました。
これを見て、このお客様の名前の由来がはっきりと分かりました。
ピンカートンというのは、オペラ「蝶々夫人」に登場するアメリカの軍人と同じ名前なのです。お客様の名前はおそらく、ここから取られたものと考えられます。
漫画版で「ケント」となっている部分と「ピンカー」を組み合わせることで、「ピンカートン」の名前が浮かび上がることからも、この命名は偶然ではないと考えます。しかし、そのネーミングの意図が分かりづらかったため、アニメ版では「ケント・ピンカートン」と、ピンカートンの名前そのものを出すように変更されたのではないでしょうか。
そして、これは単に名前の一致だけをみて、語っている訳ではありません。「蝶々夫人」のあらすじと本作品との奇妙な符号からも、そう考えられるのです。
オペラ「蝶々夫人」のあらすじ
本エピソードと関連する部分に絞って、「蝶々夫人」のあらすじをざっくり書くと、以下のようになります。
- 長崎を訪れた海軍士官のピンカートンは、当時15歳の少女・蝶々さんと結婚する。
- ピンカートンは蝶々さんを日本に置いて、アメリカに帰ってしまう。
- 蝶々さんはピンカートンの帰りを日本で待つ日々の中、ピンカートンの子を出産する。
- ピンカートンが数年越しに日本に帰ってくるが、来日した彼には本国で新たに結婚した妻・ケイトが同伴していた。
- ピンカートンは妻のケイトと共に蝶々さんが生んだ子供を引き取るという提案をする。蝶々さんはそれを受けいれた後に、独り自害する。
要するに、ピンカートンが想像を絶するクズという物語です(乱暴)
本エピソードに登場する、やや気弱な「ケント・ピンカー」とは似ても似つかないですが、アメリカから日本を訪れて日本社会との接点を持つ部分と、本国(アメリカ)の妻を持つという部分には共通点があります。
「蝶々夫人」の展開と本エピソードとの関連
「蝶々夫人」のあらすじと本エピソードの展開とを照らし合わせると、これは「蝶々夫人」においてピンカートンに絶望へと叩き落される蝶々さんを想う、仇討ちの意味が込められたエピソードなのではないかと思わされてなりません。
本エピソードに登場する気弱な性質のピンカーは、「蝶々夫人」におけるピンカートンを弱体化した存在なのではないでしょうか。
ピンカートンは「蝶々夫人」では傍若無人に振る舞い、蝶々さん、ひいては日本社会に唾を吐くような行為をしました。
一方で本作のピンカーは、その日本社会に溶け込むことができないという点に悩む、弱い存在として描かれています。
日本社会というものを舐めていた「蝶々夫人」におけるピンカートン。しかし、彼の現し身として表現される本作のピンカーは、その妻もろとも、喪黒さんの手によって日本社会に迎合することを強制される末路を迎えます。
ケントは決定的な破滅は迎えなかったと上の項目では書きましたが、この点にも一つの説明がつきます。つまり、実は日本社会への迎合こそが、ケント(ピンカートン)を徹底的に打ちのめした結果なのだという解釈です。
こうした点から、本エピソードは実は「蝶々夫人」を下地とした、一種の復讐劇なのではないか……などと想像したのですが、皆さんはどう思われたでしょうか?
以上、『笑ゥせぇるすまん』第41話の感想でした。
§ 本記事で掲載している画像は藤子不二雄A『笑ゥせぇるすまん』より引用しています。