お客様はアンティークドールの蒐集家。多数の人形と暮らす彼に、喪黒さんは上質のビスクドールをプレゼントするが……。純粋なホラーとしての要素が強いエピソード。
こんにちは、あるこじ(@arukoji_tb)です。
漫画『笑ゥせぇるすまん』第38話の感想です。
感想の性質上、展開やオチなどに多々言及することになるため、ネタバレ多数になります。ご注意下さい。
他方、あらすじの紹介が主眼ではないので、話の枝葉末節は記載しないつもりです。そのため、本記事を読むだけでは物語の内容は分からない可能性があることも、ご了承下さい。
第38話「ドール」
お客様について
サラリーマンの姫野卓二です。名前の由来は人形好きという点が女性っぽいという事で「姫野」なのかな。「卓二」については、漢字は違いますが、古漫画を蒐集していた35話「マンガニア」のお客様も同じく「たくじ」という名前でした。"オタク"的な要素を持つお客様という点から、その名が取られているのかもしれませんね。
姫野は生身の女性に愛想を尽かし、それ以来、人形を愛でて日々を過ごしていました。彼の家には多数の人形があり、食事の際にはその人形を並べ、話しかけるなどして、心の平穏を得ていました。
姫野に出会った次の日、喪黒さんは彼をあるお店に連れ出します。
喪黒さんが姫野を連れて行った先は「変奇堂」という骨董品店でした。
ちなみにこのお店は、藤子A先生の別の作品『ブラック商会変奇郎』に登場するお店ですね。先生のちょっとした遊び心です。
変奇堂で姫野が見初めたのが、19世紀の人形作家であるジュモー作のビスクドールでした。喪黒さんも姫野の審美眼を褒めそやしますが、価格が高いために姫野はそのドールを購入する事を断念します。
しかし、そんな姫野に喪黒さんはジュモー作のビスクドールを惜しげもなく与えます。姫野はそれを大層喜び、その人形をミシュリーヌと名付け、ファミリーである他の人形たちに紹介するのでした。
嫁との晩餐という慣習
笑ゥせぇるすまんという作品においては、時代を先取りしたサービスや世相が多数確認でき、そこに藤子A先生の先見の明を感じる事ができます。
この話の中でそれを感じた点として、人形を食卓に並べて一緒に晩餐をするという姫野の行動様式が挙げられます。
今でこそ、クリスマスなどに自身が愛でるキャラクターのフィギュアなどと共にケーキや七面鳥を食べる様子をSNSでアップするなどの"慣習"が認められます。
しかし、このエピソードが雑誌・中央公論に掲載されたのは1991年頃ですので、これもまた時代を先取りした描写と言えるのではないでしょうか。
ところで、嫁との晩餐という慣習がみられるようになったのは一体いつ頃なのでしょうか?
インターネット上の情報を軽く漁ってみて確認できた中では、以下の書き込みで言及されているものが最も古かったです。
平成最後のクリスマスも嫁との晩餐に限る!
2006年からの伝統行事ンゴ!
ネットに残っているのがこのコメントというだけで、実際にはもっと前からやっていた人もいたのだろうというのは承知していますが、いずれにせよ、2000年代になってから広く周知された行動というのが自身の印象です。
ちなみに2006年というと、たまたまですがTwitterがサービスを開始した年でもあります。Twitterなどのツールによって、人々が自身の言動を世間に簡易に伝える手段が確立されてきたことが、こうした慣習がより広く根付いた下地にあるのかもしれません(なお、Twitterで画像付きのツィートができるようになったのは2011年からなので、Twitterのサービスが開始された年と同一である点は単なる偶然と考えます)。
汝、裏切ること勿れ
喪黒さんはミシュリーヌを裏切らないように、と姫野に忠告します。会社の電話でする会話じゃないなと思いはしますが、当時は携帯も無かったですし、仕方ない(?)ですね。
まあ、喪黒さんの忠告=破られるのは間違いないんですけど、果たして姫野のどんな行動が裏切りとみなされるのか?
答は、クリスマスイブの夜、上司に強引に飲みに付き合わされた末に、スナックの女性と一夜を過ごして朝帰りするというものでした。
これが人形に対する裏切りになるのか……と思わなくもないですが、姫野はミシュリーヌを恋人や家族として扱っていました。もし彼女がいる状態で上のような行動を取ったら、まあ裏切りになるでしょうね。
家に帰ると、ミシュリーヌは激おこでした。他の人形たちも一緒に怒っています。彼女らは呆然とする姫野に、じりじりと、にじり寄ります……。
ちなみに個人的には、クリスマスイブの夜に周りに流されて朝帰りになってしまったこと自体よりも、その事を彼女らに隠して嘘で乗り切ろうとする姿勢の方がまずいように感じます。
まあ、当の人形たちは姫野の言葉に耳を貸す事もなく怒っている様子なので、仮に本当のことを伝えて正面から謝罪したとしても、結果は変わらないのでしょうが。
その後、姫野はナイフを手に持ったミシュリーヌに襲われます。具体的にどうなったのかまでは描写されないのですが、怪我で済むだけという未来は何となく想像し難いですね……。
アニメ版について
この作品のアニメ版は、1991/12/24にクリスマス特別版として2話放映された内の一作品となっています。この際は「DOLL」とタイトルが英語表記になっています(ちなみに同時に放映されたもう一作は、アニメオリジナルの「MIRROR」という作品です)。
この話はクリスマスを舞台にした内容であるが故に、採用されたんでしょうね。このホラーめいた話をクリスマスイブの夜に観る際の心中やいかに、といった感じですが(笑)
この作品では漫画版とアニメ版の差異がなかなか興味深かったので、以下取り上げてみました。
ミシュリーヌがジュモー作ではない
喪黒さんから姫野にプレゼントされるビスクドールについて、漫画版では喪黒さんが「ジュモーの人形」と明言していますが、アニメ版ではそう明言されません。
変奇堂で会話するシーンで、人形作家のジュモーについて喪黒さんが言及するシーンはあるのですが、ミシュリーヌがジュモー作とは一言も言わないのです。
これはアニメ版のスタッフが権利関係を気にしたのかもしれませんし、または、最終的に言わば「呪いの人形」であると明らかになるミシュリーヌについて、ジュモーが作った人形という設定にする事をリスクと考えたのかもしれませんね。
姫野が関係を持つ女性が会社の同僚
姫野は漫画版では酩酊状態に陥った結果、スナックの女性と関係を持っています。姫野は目が覚めてからそれに気付いて焦って自宅に帰ります。
一方、アニメ版では会社の同僚の女性と恋仲になり、その女性と関係を持ちます。彼女は交際相手である姫野が自宅に招いてくれないことを、本命の女性が他にいるのだと思い込みます。姫野は人形だらけの家に彼女を連れて行けなかっただけなのですが……他に女性がいるという彼女の考えを否定するために、姫野は彼女をホテルに誘い、共に時を過ごします。
漫画版の姫野は流されて軽率に動いた結果としてミシュリーヌの怒りをかって襲われる訳で、理不尽にも被害に遭ったという印象が強いです。
一方のアニメ版では、女性と関係を持つ事に姫野が主体的です。実際の行動としては、漫画版よりもアニメ版のほうがより模範的といえそうですが、アニメ版の姫野は"本気の浮気"をしている訳で、ミシュリーヌへの裏切りの程度としてはこちらの方が強いといえますね。
また、漫画版の姫野はその後、あまり良い人生を過ごせそうという印象が持てなかったのですが、アニメ版の姫野は、喪黒さんに目を付けられさえしなければ幸せな人生を過ごせそうに見えただけに、その不幸に対する落差もより高いと感じられました。
凶器のナイフが冒頭で提示される
ラストシーンでミシュリーヌは姫野をナイフで襲いますが、このナイフについてアニメ版では伏線が張られます。
喪黒さんと姫野はスーパーマーケットで出会うのですが、そこで姫野が落としたペーパーナイフを喪黒さんが部屋に届けに来る(そこで人形だらけの家を見る)という展開になっているのです。
これは完全に蛇足だったという感想です。
まず、スーパーでペーパーナイフを落とすという事が不自然極まりないし、最後にミシュリーヌが姫野を襲う時にも凶器がペーパーナイフでは怖さも半減です。
漫画版ではミシュリーヌがいきなりナイフを持ち出すのですが、その展開で何も問題無いです。アニメ版で追加されたこの伏線は余計なものと感じざるを得ませんでした。
喪黒サンタが登場する
ラストのジングル(音楽)が少年合唱団のコーラスになっている
この辺は話の内容とは関係ないですが、特徴的だったので一応挙げてみました。スペシャル版という事で、普段と違うコスプレめいた喪黒さんの姿、および、去り際の音楽を楽しむことができるエピソードとなっています。興味のある方はAmazonプライム・ビデオ等で是非、一度観てみて下さい。
以上、『笑ゥせぇるすまん』第38話の感想でした。
§ 本記事で掲載している画像は藤子不二雄A『笑ゥせぇるすまん』より引用しています。